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金のタマゴを産むガチョウは殺した方が効率的か?ネットをつまらなくするものの正体[コラム]

初音ミクを代表とする、インターネットで生まれたユーザー主導による音楽ムーブメントは、その黎明期の渾沌とした盛り上がりの新しさが、いつの間にかデビューのための足がかり的な使われ方になって、生まれる音楽も画一的な方向に向かってしまった。

このような事態はインターネット内の至る所で起こっている。その元凶がアクセス数至上主義による効率化と合理化の方向。
間違った考え方ではないはずの効率化と合理化が、ネットをつまらないものに変えていく。

初音ミクというコンテンツが画期的だったのは、インターネットというフィールドの中で、ユーザーによって育てられたという点だろう。

その黎明期、誰かがアップした、あまりパッとしない動画があって、でも、そこで歌われている歌詞は、ちょっとハッとさせるものがあったりすると、別の誰かが、その歌詞に新たにメロディを付ける。それが良い曲だと思った誰かが、その曲を初音ミクに歌わせたものをアップする。誰かが、より凝ったアレンジの伴奏を付ける。他の誰かが初音ミクを踊らせる。誰かが、それに背景を付ける。ストーリーを感じさせるPVに仕立てる。

そうやって、何という事もなかった小さな作品が、多くの人を巻き込んでヒットコンテンツとなっていく。その過程を見てきたユーザーにとっても、それは自分の事のように感じられて、そのコンテンツに感情移入していく。多くの人の目に触れるようになると、それを自分で歌ってみる、踊ってみる人も登場する。それを見ていた誰かは、「こんな歌詞を書いたけど、誰か曲作って」といった募集を掛ける。「初音ミクに歌わせたけど、誰かバックトラックよろしく」といった声も上がる。

そうして、初音ミクというキャラクターを中心にした、一つの音楽ムーブメントが生まれる。様々なユーザーが、それぞれのアイディアを持って、同時多発的に多くのコンテンツが生まれる。沢山のユーザーが自分の事としてコンテンツを愛し、コンテンツについて語る。
そこで生まれる多様性は、インターネットという無差別的なネットワークがあったから生まれた。

しかし、初音ミクによる大ヒット曲がいくつも生まれるようになると、状況は変わってくる。

ユーザーは、売れるものを模倣し、売れたいという欲望が場を支配していく。趣味的に小さいフィールドで作られる曲は埋もれ、ヒットコンテンツにアクセスは集中する。曲や歌詞にはいつの間にかパターンが生まれ、ヒットのためのコンテンツ作りは、結局効率的なノウハウへと向かう。多くのユーザーがヒットメイカーに憧れるほどに、生まれてしまった市場は合理化と効率化へと向かっていく。

多様性を生んだインターネットは、この段階では、同調圧力を発揮し、多様性を拒否する存在となる。

初音ミクを例に取ったが、この流れというのは、ネット上のあらゆるコンテンツにおいても繰り返されている。

当初、「個」であることを最大の武器にして、パーソナルな発想が社会を動かすツールになると信じられていたブログは、いつの間にかマネタイズのツールとなった。自分の「かわいい」を知らせたかったはずのインスタグラマーは、いつの間にかファンクラブ的な構造に飲み込まれ、インフルエンサーなどと呼ばれてマーケティングツールへと成り下がる。

◼️「インフルエンサー」は本当にインフルエンサーなのか?[コラム]

当初、アイディアを形にするためのツールとして期待されていたクラウドファンディングは、より多くの資金を集めるためのプレゼンの上手さ、CGによる不可能を可能に見せるスキルといったグラフィカルなテクニックを競う場となり、実現不可能なアイディアに大金が集まるという倒錯した事例が増えてしまった。

さらには、単に経費をユーザーに負担させようというだけの集金ツール的な使われ方もして、いくつかの大きな問題も起こってしまった。
こうした事例も、クラウドファンディングが当初の多様性の実現から、商業ツールへと変貌していく過程で起きたと言えるのではないだろうか。

それらの事例は全て、インターネットを使ってマネタイズを考える時の指標が、アクセス数やPV数やフォロワー数といった、多数を是とする古いマーケティングの手法に偏っているから起こっているのは、多分、誰もが気がついている。

アクセス数第一的な考え方は、どれだけ魅力的なアイディアやコンテンツも、結局、合理化と効率化の方向に向かわせてしまうのだけれど、その「合理化」「効率化」という考え方自体は悪い事ではないものだから、そうやって新しく生まれた価値を潰していっている事に気がつかない。

誰だって、売れているコンテンツがあるなら、そこに乗りたいのは当たり前だ。それがコンテンツ自体を潰す事に繋がろうと、その前に乗ってしまえば勝ちだ。
その考え方は、インターネット以前から、あらゆるマーケットで行われている事でもある。ご当地のおいしいお菓子と同じものは、全国にある。「名物にうまいもの無し」なんて言葉は諺になっているくらい昔からある。

今、インターネットで起きているのは、この「名物にうまいもの無し」という状況を作り出す作業でしかない。影響力のあるインスタグラマーの広告力を利用したいなら「インフルエンサー」なんてレッテルを貼ってはいけないのだ。

合理化と効率化へと向かう考え方は、金のタマゴを産むガチョウを殺してしまう発想だということに、そろそろ自覚的にならなければ、色んなものが手遅れになりそうなのだが。

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