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日本でも実現可能?ベーシックインカムは必要か、有害か。

「2030年代には全世界でベーシックインカムが進む」。未来学者のレイ・カーツワイルは、2018年のTEDカンファレンスのなかでこう発言した。

カーツワイルはこれまでもインターネット社会の到来や、AIがチェスで人間に勝利するなど数々の予測を的中させており、この発言にも決して無視できない重みがある。


ベーシックインカムに著名人が注目する理由

ベーシックインカムを支持する著名人も多い。Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグは、ベーシックインカムを「精神的な勝利」と位置付けた。
Facebookを立ち上げたばかりの時の経験から、「借金があるときは生き抜くことを考える。収益を上げているときは投資をして成長する機会を探す」という教訓を得た。
つまり、所得を配分することで、人々の成長と国の発展につながるというのがザッカーバーグの考えだ。

また、テスラやスペースXのCEOを務めるイーロン・マスクもドバイの「ワールド・ガバメント・サミット」で「今後自動化で仕事が失われることを考えると、普遍的なベーシックインカムが将来必要になるだろう」と発言している。
自動化によって、生活コストが激減し経済が豊かになるので政府の支出でまかなえるという考えだ。

ベーシックインカムは、国がすべての人に無条件でお金を支給する社会保障制度のことだ。
その性質から「究極のバラマキ」と揶揄されることもある。一見して現実的でない印象のあるこの制度がこのように注目を集めている社会的な要因は3つある。

ひとつは、AIの急激な進展により人間のやるべき仕事が激減するという懸念だ。2017年には国連がAIやロボットにより大量失業や自律的兵器の拡散を監視する組織を設立することが明らかとなった。
今までの人工知能に関する一時的な取り組みとは一線を画す本格的な取り組みだというところに、国連の強い懸念が表れている。

もうひとつは現状の社会保障制度の行き詰まりだ。先進国ではさまざまな社会保障制度を用意している。多くの国では失業保険を用意しているが、手当よりも所得が低くなるケースもあることから失業状態から抜け出せない人もいる。
また、支給にはさまざまな要件があるため、適合するのか判断する行政負担が重くなっているという問題もある。
さらに、経済が成長する過程で所得の格差の広がりについての指摘もある。先進国でも新興国でもすべての社会において、とても裕福な人と、とても貧しい人がいる。
「何人も人並みの生活を営む権利がある」という考えのもとでその格差を埋めていこうという考えだ。

海外ではこうした背景からベーシックインカムの実験的導入されている地域がある。次章からはその事例を紹介していこう。


史上最大規模の実証実験をケニアで開始

いま、世界で極度の貧困で苦しむ人は7億人いる。その人たちを救うには80億ドル必要だとされているが、実は約2倍のお金が国際支援として投入されているという不思議な構造になっている。そこで、国際支援では解決できない貧困を救う手段としてベーシックインカムを採用したのが、慈善団体のGiveDirectlyだ。

GiveDirectlyは2016年からケニアでベーシックインカムの実験を行っている。これは最大12年間、16,000人を対象とした大規模なものだ。この実験では、

  1. 1. 毎月22.5ドルを12年間
  2. 2. 毎月22.5ドルを2年間
  3. 3. 2年分の金額を一括で受け取る
  4. 4. 何も受け取らない

という4つのグループに分けて、長期間にわたって総合的なデータを収集する。
意外に思えるかもしれないが、アフリカ諸国はフィンテック先進国だ。モバイル送金サービスを世界で初めて導入したのはケニアだった。このサービス「M-Pesa」は、爆発的に普及し、2016年には1カ月あたり約19億ドルのモバイルマネーが動いている。

爆発的普及の背景には、アフリカ諸国特有の社会構造がある。農村部の電化率は約4%なのに対し、携帯電話の普及率は約6割にも上る。
また、人口の多くを占める貧困層は銀行口座を持っていない。盗難や紛失の心配なく使えるモバイルマネーはアフリカ諸国の社会基盤になりつつあるのだ。

GiveDirectlyもM-Pesaを使用して、受給者の携帯電話に直接入金している。送金相手に携帯電話で送金額と暗証番号を伝え、相手は近くにあるM-Pesaスタンドに行き、暗証番号を伝えるとお金が受け取れる仕組みだ。
受け取ったお金の使い道は自由だ。生活費に使ってもいいし、ギャンブルでもよい。実行から1年以上、この一連の取り組みで人々はどのような行動をとっているのだろうか。

当初は苦労せずに手に入れたお金をギャンブルやドラッグなどに使うのではないかという見方も多かった。実際はもちろんギャンブルに使うこともあるが、主に子供の教育費や家の修繕費、自分で始めたビジネスへの投資に使うことが多いのだという。
むしろ、受給を開始してから人々はギャンブルやタバコにお金を使わなくなったという調査結果もある。ベーシックインカムに明るい未来を見出し、希望のない生活と折り合いをつけるために使用していた“誘惑剤”をやめたのだ。

もちろん、この結果は決定的なものではなく、人々がベーシックインカムで生活レベルが引き上げられたあと、そのお金をどう使うかはまだわからない。ただ、この実験は今のところ希望に満ちた結果になっており、今後の進展にも注目だ。


なぜフィンランドはベーシックインカムを中止するのか

国家として世界初のベーシックインカム導入に踏み切ったのがフィンランドだ。
しかし、フィンランドの採用した制度はベーシックインカムをカスタマイズしたもので、対象は失業者のみだ。

高福祉国家として知られるフィンランドの失業率は9.2%と北欧各国と比較してもかなり高く、いったん貧困に陥ると二度と抜けだせない。
政府は、失業者の救済措置として25~58歳の失業者2,000人を対象として、毎月560ユーロ(2018年7月9日現在日本円にして約7万円)を支給すると決定した。受給者が仕事を見つけた場合でも、この支給は継続され、使い道も完全に自由だ。
就職活動の報告も不要で、そもそも仕事を探さなくてもよい。とはいえ、この支給額は生活をするのに十分な額ではない。

しかし、これまで社会保障で不利になるためにパートタイムの職に就かなかった人が、生活が安定するため、より積極的に職探しをするようになったなど、効果の兆しがみえている。失業保険を得るための行政担当者との面談や報告書作成が不要になったことにより、ストレスが軽減したとの声もある。
当初の計画では2年間の試験運用が終了する2018年に、労働者にも対象を拡大する予定だった。
しかしフィンランド政府は予定通り年内で実験を終了すると発表。別の社会保障制度を検討しているという。

ベーシックインカムをめぐる議論が世界中で盛り上がってきたなかで、この打ち切りのニュースはセンセーショナルに扱われた。
「失敗」という見出しが躍るなか、フィンランド政府は「事実に反している」と苦言を呈した。
もともと政府はベーシックインカムに否定的であるとされている。2015年に当時野党であった中央党が選挙公約として掲げたものだ。この選挙で連立与党となり、ワーキンググループを発足させた。

しかし、政府が選択したのは、失業者対象という極めて限定的なものであり、長年フィンランドでベーシックインカムを提唱していた人々を落胆された。
「実験は最初からフェイクだった」との声もある一方で、ベーシックインカムの是非を議論するきっかけになったと評価する向きもある。今後公開されるであろう実験結果のデータに注目が集まる。


ベーシックインカムの最大の課題、原資をどう確保するか

それでは最大の論点「原資の確保をどうするか?」について考えてみよう。経済開発協力機構(OECD)のの経済開発検討委員会(EDRC)は、フィンランドですべての国民に支給するためには所得税を30%に引き上げる必要があり、貧困率は11.4%から14.1%に上昇するとする報告書を発表した。

ザッカーバーグがベーシックインカム支持を表明する際に運用モデルとして引き合いに出したのが、アラスカ州の利益配分制度だ。
アラスカでは、鉱物資源から得られた利益から公益ファンドを運営し、居住者全員に1人あたり1,000ドル(2018年7月9日現在日本円にして約11万円)を無条件に支給している。
しかし、これはあくまでアラスカの豊かな天然資源があってこそ。万国共通での採用は難しい。GiveDirectlyも財団への寄付資源によって運用しており、これを国家レベルで行うのは難しい。

それでもオリックスのシニアチェアマンである宮内義彦氏によれば日本でも実現可能性の道はあるという。
日本の人口は1億2,700万人。年金生活者を除いてひとり年間50万円支給すると総額50兆円となる。現在の日本の社会保障費は約70兆円といわれており、十分に運営できる計算となる。
将来イーロン・マスクのいうように生活コストが激減すれば、月4万円の支給でも十分生きていける社会になるかもしれない。もちろん精力的に働いてもいいし、これまで仕事使っていた時間を趣味に費やすこともできる。

ベーシックインカムによって、本来生活が成り立たないからといって、意に染まない職業を選択する必要がなくなる。
「人は決して働くことへの意欲を失わない」という前提に成り立つ、新しい働き方の基盤ともいえるだろう。


<参考・参照元>
「ベーシックインカム」を考えよう 宮内義彦オリックスシニア・チェアマン :日本経済新聞
国連も危惧するAI失業、一方で「新たに生まれる」職業は? | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
ベーシックインカムは、2030年代までに全世界に広がる —— グーグルの未来学者が予測 | BUSINESS INSIDER JAPAN
GiveDirectly launches biggest-ever basic income experiment in Kenya - Business Insider
アフリカ - ジェトロ
Basic income experiment in Kenya is disproving a big myth - Business Insider
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