TECHNOLOGY

テクノロジー

AIはいつまで人間と対立するものとして扱われるのか。藤井聡太六段もAIを味方に[コラム]

将棋や囲碁のプロがコンピューターに負けることは、人がコンピューターに負けたということなのだろうか。

コンピューターが勝負のために参照する膨大な対戦データを人間が常に参照できたら、コンピューターが計算する局面の状況データを人に見えるように数値化できたら、その勝負はまた違った形になるかも知れない。棋士同士が、それぞれ相棒となるコンピューターと組んで戦うようになれば、それはとてもエキサイティングだ。コンピューターは戦う相手では無いのだ。
将棋や囲碁の世界で、プロがコンピューターに負ける度に、AIが人間に取って代わる世の中になるという展望が語られる。日本将棋連盟のサイトにも「AIの飛躍によりプロ棋士は消滅するのか?プロ棋士がAI時代を生きる上で必要なスキルとは」というコラムが掲載されていた。

そのコラムのなかで、『人工知能と経済の未来』の著者である駒澤大学経済学部准教授の井上智洋氏は、「2030年までには人間同様にさまざまな知的作業をこなすことができるAIが出現し、2045年までに一般に普及、遅くとも2060年には現在あるほとんどの仕事はAIに取って代わられているでしょう。現在ある業種の中で、人間が関わる仕事は現在の約一割ぐらいだと予測しています」と語っている。

その一方で、棋士に関しては、「圧倒的に強いソフトは登場するでしょうね。しかし『強い』ことと『面白い』ことは異なります。プロ顔負けの将棋ソフトがあって、圧勝したとしても観戦する人には何も残らない。しかし人間は違います」と語り、コンピューターの戦いと人間の戦いの面白さの違いに言及している。

この手のニュースを見るたびに不思議に思うのが、なぜコンピューターと人間は対立しなければならないのか、という点だ。
確かに将棋や囲碁、チェスやバックギャモンなど、限定された状況のなかで、ルールの範囲内で戦うタイプの1対1のゲームはコンピューターとAIの得意分野だ。処理能力が向上し、データの扱いが洗練され、記憶媒体が大きくなり、優秀なオペレーターとプログラマーがいればいつか人間より強くなるのは当たり前だろう。

しかし、名人に勝ってしまったコンピューターは、その後どうなるのだろう。人が負ければ、勝つための努力が始まる。一方、勝ってしまったAIには、新しくスポンサーが付くのだろうか。もはや、次の目標を無くした機械に成長の余地は残されるのだろうか。

Abema TIMESの「囲碁・将棋 人間対AIは対決から共存へ バックギャモンプレイヤー『人間も成長できる』」という記事のなかには、世界ランキング1位のバックギャモンプレイヤー望月正行氏による、コンピューターと人間の今後の関係を示唆する面白い指摘があった。
1990年代には、既にコンピューターに負けてしまったバックギャモンの世界では、人間に勝ってしまったAIにそれ以上お金を出すスポンサーはいなくなったと言うのだ。そして、AIが生み出す人間では思いつけなかった手について、その手の意味はAIも分かっていないと言い、そこに可能性があるとしている。

人間はコンピューターの手がゲームのなかでどういう意味を持つのかを考え、それを新しいスタイルとして取り込むことができる。また、これから学ぼうとする人々に、正しい最善手を教える物としてのコンピューターの進化もあるという訳だ。

実際、将棋の世界でも29連勝を達成した藤井聡太六段は、練習に将棋ソフトを使用しているという。そのあたりについては、朝日新聞デジタルの「藤井四段『隙のなさ』、AIが育てた?先輩がソフト勧め」の記事に詳しいが、一言でいえばコンピューターもAIも道具であり、人間が使わないと意味がないということなのだ。

藤井聡太六段は、将棋ソフトを「評価値が局面ごとに示されるのが革新的だった」と言っている。つまり、今どちらが有利なのかが局面ごとにリアルタイムで表示されるのだ。これは、格闘ゲームなどの相手のHPゲージのようなもので、現実世界はこれが見えないから難しい。しかし、自分の手に対してAIがこれを判断して表示してくれるなら、それは練習になるだろう。

基準値があるかないかは、メンタルが物を言う勝負において本当に大きな差になる。ここではコンピューターは敵ではなく、味方であり師匠のようなものだ。

また、チェスの世界では既に人間とAIが組んで試合をするスタイルも定着している。これは、1997年にIBMのワトソンの先祖にあたるディープブルーに負けた当時のチェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ氏の発想による。相手(AI)が過去の膨大なデータべースを使っているなら、人間もそれを使って試合しても良いのではないかという発想だ(このエピソードについては、ケヴィン・ケリー著『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』第2章「コグニファイング」に詳しい)。

AIというと何だか大げさだし、実際プロ棋士に勝つようなコンピューターとAIは、ハードウェアや、それを扱う人間の才能も大掛かりだ。それはつまり、まだコンピューターは人間に比べて場所もコストもエネルギーも掛かるということだが、それがコンパクトになるのは時間の問題である。

そもそも、それほど大げさでなくとも、私たちは麻雀ゲームのNPCに対しても、その打ち筋に勝手に性格を読み取るし、負け続けて配牌に偏りがあるとか文句を付けつつも、やっぱり麻雀ゲームを楽しんでしまう。それは、AIの向うにそれを作った人を見るからであり、隣に自分と一緒に働くコンピューターがいれば、それは普通に同僚と思えるのではないだろうか。人とコンピューターでも、それぞれに得意不得意はあるのだから、一緒に成長していけば良いのだ。


<参考・参照元>
AIの飛躍によりプロ棋士は消滅するのか?プロ棋士がAIを生きる上で必要なスキルとは|将棋コラム|日本将棋連盟
囲碁・将棋 人間対AIは対決から共存へ バックギャモンプレイヤー「人間も成長できる」 | Abema TIMES
藤井四段「隙のなさ」、AIが育てた?先輩がソフト勧め|朝日新聞デジタル
『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則 』ケヴィン・ケリー、服部 桂 (翻訳)(NHK出版 2016年)

あわせて読みたい記事!